JOURNEY

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八郷という農村にゼミ生といっしょに行きました。筑波山麓の山裾に広がる一帯です。そこで訪れた森の幼稚園の風景が忘れられません。森の幼稚園とは、園舎や園庭ではなく屋外の自然環境の中で活動する幼児保育・教育の場です。北欧から広がり、近年日本でも増え始め、それが八郷にもあったのです。山を登る狭い道を進んでいくと広い草地があり、その先を曲がると見えてきました。アトリエのような納屋のような家が。森の幼稚園を運営する方のご自宅。都内から一家で移住し自力でつくった建物です。陽に焼けた幼稚園の先生が笑顔で私たちを迎えてくれました。さっそく活動現場へ向かいます。
「ここが森への入り口です」大人の背丈よりも生い茂った笹藪にわけ入ります。ケモノ道のような小道を下りながら、先生は「この木の枝の名前は…、この切り株の名前は…」と子どもたちがつけた愛称を丁寧に教えてくれます。子どもたちがつくりだしている森の物語の一端を想像することができました。見上げると、背の高い木が5本くらい並んでいます。アメリカの松だそうで、大きくて立派な松ぼっくりがたくさん足元に落ちていました。ここに来るまでは猛暑のせいで暑くて暑くてたまらなかったのに、気づくと風が爽やかです。森の中に私たちだけが佇んでいて。虫の声と木の葉と土の香りと風のそよぎに包まれていて。静かなのに濃密な空間です。
「さあ、もうすぐ森の出口ですよ」と、藪を抜けました。言葉もありません。目の前にいきなり明るい世界が開け、真夏の太陽に輝きながら、草原が一面に広がっていたのです。ここに来る前に見かけた広い草地、これがあの場所だったのか。かなりの距離をここまで歩いて下ってきたのか。振り返ると深い緑の森が何もなかったかのように静まり返っていました。
子どもたちは、森の中にたくさんの小径を持っていて。そこを辿りながら季節や天候によって毎回異なる風景の中へと冒険の旅に出かけ、いくつもの物語をつくっていて。何度でも生まれ変わり、何度でも夢を叶えられる。なんという贅沢な旅なんだろう!と思わずにはいられなかったのです。