in action

こぼれ落ちぬように

山城 奈緒

ブックデザイン、イラストレーション
8号館 205

私は高校生まで熊本県熊本市で育ち、高校を卒業と同時に上京して一人暮らしを始めた。住み慣れた地元を離れ、一人暮らしをしてわかったことは「今」という二度と戻らない時間の貴重さである。年齢、場所、時間、その時一緒にいた人、自身の状態、起こった事象、その全てが同じ条件で繰り返されることは二度とないことを、高校生までの私はよく理解していなかったと思う。
私には、あの頃に戻ってもう一度あのシチュエーションを体感したいと思う瞬間がいくつもある。過去の自分が目の前にある幸せに気付けていなかったから思うのであろう。「今」という時間は「今」の自分が感じ取らなければならないのだ。現在の私は、以前に比べると些細な幸せに気づくことが出来るようになった。けれど、どんなに強く喜びや幸せを感じた瞬間も、辛く悲しかった気持ちも、その殆どはまた記憶からこぼれ落ちていく。私は今、確かに存在した時間を、自分自身が経験し何かを思った時間を、記録しなければならない。

このような思いから制作した本作品は、現在私の頭の中に残っている「良い時間だった」「今後も忘れまい」と感じる様々な記憶の断片をイラストや漫画に描き起こし一冊の本に綴じたものとなっている。また、大学在学中最後の作品には私が大好きな人達に登場してもらいたいという思いも強かった為、生まれ育った地元熊本での家族や友人との生活、上京してから出会った人々との思い出を中心として、なんとなく印象に残っている光景など様々な記憶の断片を集めた一冊となっている。
内容は私個人の記憶を題材にしており、共感を得られる部分は少ないかもしれない。しかし、この作品が誰かの忘れていた大切な記憶を思い出すきっかけとなり「もう一度あの人に会いたい、あの場所に行きたい」という思いやアクションを生み出すことが出来たとしたら、私にとってこんなに嬉しいことはない。

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