世界中で広く使われている楽譜の一つとして西洋を起点とする五線譜が挙げられるが、東洋にも伝統的な楽譜が存在する。仏教音楽における声明(僧侶たちによる声楽)の楽譜、博士である。博士は音の高さや旋律を墨線で示したもので、伝統音である宮・商・角・徴・羽の五音を墨線の向きによって表記する。音の高さを直線で示した五音博士と、旋律の型を象徴的に記号化した目安博士に大別される。五線譜との大きな違いは表記の視覚的な明快さと柔軟性にあり、例えば半音階や微分音階を記譜する場合、五線譜では特殊な変位記号を多用することになるが、博士ではこうした旋律の微かな動きを墨線の揺らぎで視覚的に描くことが可能になる。
本作品では博士の基本的な仕組みを用いて記譜装置を作り、五線譜では表記しきれない音の揺らぎを視覚的に描くことを試みた。さらに、一つのサンプルとして声明にも通じる演奏形式である「合唱」の音声を記譜し、音の揺らぎや重なりによって生まれる音楽の微かな動きに焦点を当てる。