人々の暮らしをより良くしたい。UX/UIデザイナーの信念|UX/UIデザイナー 市村麻里菜

INTERVIEW クリエイティブと学びのつながり vol. 6

人々の暮らしをより良くしたい。UX/UIデザイナーの信念

市村麻里菜(日産自動車株式会社 UX/UIデザイナー)

視覚伝達デザイン学科では、事業会社の中でデザインを行うインハウスデザイナーの道に進む人が少なくありません。今回お話しを伺う市村麻里菜さんも、そのひとりです。入学当初から「何事にも目的意識を持って学んできた」という市村さん。その姿勢は、現在のUX/UIの仕事に、どのように活かされているのでしょうか。

市村麻里菜 Marina Ichimura

日産自動車株式会社 グローバルデザイン本部 UX/UIデザイン部 デザイナー。1990年茨城県生まれ。2015年に学部を卒業し、IT系企業で4年間勤務した後、2019年に日産に中途入社。先行及び生産車両の開発においてUX/UIデザインを担当。

「観察と感覚」を磨く。デザインの根本を学んだ4年間

——はじめに、市村さんが視デで学ぼうと思ったきっかけを教えてください。

市村麻里菜(以下、市村) 小学生の頃からWebサイトをいくつも運営するくらいWebに興味があったのですが、高校生になると紙ものの小物をつくることが好きになりました。リアルの場で作品を見てくれた人が「きれいだね」と言ってくれるのが嬉しかったんです。そこから「自分でつくったものを通して人に喜んでもらいたい」という想いが膨らみ、グラフィックデザインに興味を持つようになりました。進学先の大学を決める時は、カリキュラムを読んで検討しました。どの学校にも魅力がありましたが、なかでも視デのカリキュラムは「そもそもデザインとはなにか?」というデザインの根幹の考えから学べる内容だったんです。そこに魅力を感じて、視デへの進学を決めました。

——実際に入学してみて、どのように感じましたか?

市村 カリキュラムに授業の内容が書いてあったとはいえ、入学直後に受けた「トラストウォーク」の授業にはとても驚かされました(笑)。目隠しをして裸足で学校の構内を歩くんですから。一方でその授業を通して、「観察と感覚」の重要性を実感したことも確かなことでした。その気づきがあったからこそ、どの課題に取り組むときも、観察からテーマを見出し、いいものをつくるために感覚を磨くことを追求し続けることができたのだと思います。

市村麻里菜さん

——特に印象に残っている授業や作品はありますか?

市村 2つあり、1つめは3年次のライティングスペースデザインの授業で制作した『竹を遊ぶ』という作品です。子どもの頃、父と竹を使った遊びをよくしていた思い出を起点に、竹を使った遊び方を教えてもらいながら、その交流の内容を本にまとめました。そのとき初めて、胸を張って世に出せる作品がつくれたと思いましたし、当時この授業の担当教授だった新島実先生から「読んでいてほっこりした気持ちになる、いい作品だね」と褒めてくださって、とても嬉しかったです。そこから、体験することでなにか感情が湧き起こるような作品をつくれたらいいなと思うようになりました。
もう1つは4年次の卒業制作でつくった『水圧』という作品です。これも、もともと深海が好きだったことからスタートしたのですが、深海って深いところに行けば行くほど、強く水圧がかかります。実際に人が海に潜ればその圧力を体感できるものですが、それを実行することはあまり現実的ではありません。途中、深海魚を作品にした方がいいんじゃないかとか、まとめ方が思いつかずに迷走した時期もありましたが、最終的には1平方メートルの四角い空間の中で、本来であれば全方向から感じられる圧力の重さを一辺に置き換えて、身近なものを使って指先で感じられる体験型の作品に落とし込みました。

卒業制作作品『水圧』2015年

——どちらもご自身のアイデンティティにつながる、好きなもの・ことをテーマに作品に展開していますね。ご自身にとって、どのような経験になりましたか?

市村 本当に好きで面白いと思えることを伝えるために、全力を注いで制作することができたので、とてもいい経験になったと思います。特に卒業制作は、「個人でこんなにお金をかけて何かをつくることは今後ないかもしれない」と思いながらつくっていましたね。自分の熱量に驚かされましたし、自信につながったと思います。

——授業以外の学生生活で印象に残っている出来事はありますか?

市村 3年生の頃に、オープンキャンパスの実行委員を担当したことです。

オープンキャンパス実行委員として企画、制作を行った『オープンキャンパス』2013年

市村 視デのオープンキャンパスは、有志の学生が主体となって企画し、グラフィックはもちろん、ワークショップやツアーなどの内容も自分達で考え、当日に向けてつくっていきます。そのなかで私は全体をとりまとめる役目だったので、数十人いるメンバーの希望や得意分野に合わせ、担当するチームや作業を振り分けたり、進捗状況を確認したりしていきました。ここまで大きな規模でプロジェクトに取り組むことは初めてのことだったので、メンバー同士でぶつかってしまったり、あまりの忙しさにてんやわんやになってしまったりして、本当に大変でした。でも、それも含めて本当に楽しくて。前日の夜に遅くまで残っていた先生方や研究室の方、視デ生たちとみんなでカップラーメンを食べたこと、当日の盛況に嬉しさでいっぱいの気持ちになったことは、今もかけがえのない思い出になっていますし、その時の体験が今の仕事にも活かされていると感じています。

暮らしに身近なモノづくりに携わるため、日産へ

——日産自動車株式会社のUX/UIデザイン部に所属し、車づくりに携わっている市村さん。現在のお仕事の内容について、教えてください。

市村 車の運転席前面に搭載されている、液晶ディスプレイのユーザーインターフェイスをデザインしています。いわゆる、 グラフィックを用いた情報デザインです。「車をデザインする」と聞くと、エクステリア(外装)とインテリア(内装)についてのデザインをイメージしますが、日産の場合はそれらのカースタイリングだけでなく、カーインテリアの一部としてGUIをデザインしていくことで、次世代のトレンドを創出しています。

——なぜIT系の企業から、自動車メーカーのインハウスデザイナーに転職したのですか?

市村 新卒の就職先を決める時から、「人に影響を与えるデザインができるか」という観点を大切にしていて、元々Webが得意で知識もあったので、誰もが使うインターネットのサービスに携わりたいとIT系の企業を選びました。そこでは主にネットの脅威からシステムを守るためにインフラを整える、セキュリティの部分を担当していました。つまり、UXやUIの根本の部分ですね。その知識を活かしながら、より「暮らしに身近なモノづくり」に携わりたいと思うようになり、自動車業界の中でもUX/UIデザインの先駆者的存在である日産のUX/UIデザイナーの道を選びました。日産はデザイン部門の中にUX/UIデザイン部があり、ユーザーが車に乗る前から、運転中、降りた後まで、ユーザー体験をカタチにすることに力を注いでいる点に魅力を感じています。

——これまで手がけてきた中で、印象に残っている仕事を教えてください。

市村 入社後まもなく、東京モーターショーに向けて『ニッサン アリア コンセプト』のGUIデザインに携わったことです。その当時は、車のさまざまな機能を制御するボタンを液晶に変え、タブレット端末のように操作できるシステムを車に搭載しようとする動きが加速していた時期でした。日産はそこにいち早く着目し、2019年のモーターショーに向けて5年10年先を見据えたコンセプトカー『ニッサン アリア コンセプト』をつくり始めていたのです。

フル液晶デジタルメーター搭載車『ニッサン アリア コンセプト』 2019年

市村 新しく車をつくるとき、プロジェクトにはエクステリア・インテリア・カラーデザイナーはもちろん、企画・設計・実験部署など、1台のために100人近くものメンバーが携わります。シンプルでありながら力強く、かつモダンな表現で、日本のDNAである「タイムレス ジャパニーズ フューチャリズム」の世界観を体現する『ニッサン アリア コンセプト』を生み出したい。そんな想いを胸に、それぞれの部署の人たちと関わりながら、機能的かつ美しいGUIを追求していく必要がありました。そのデザインプロセスが大変刺激的で、高い専門性とプロ意識をもって自動車に携わっている人たちと一緒に仕事ができることに、今までにない喜びを感じました。

『ニッサン アリア コンセプト』のダッシュボードに搭載されたGUI(Graphic User Interface)

大きなプロジェクトも、共通の目標を持ち続けることで達成できる

——そもそもGUIデザインとは、どのようなプロセスで行われるものなのでしょうか。

市村 GUIデザインの一般的な流れとしては、まずは機能的な要件を機械設計担当者からの要望に基づいて確立し、それを実現するためのアイデアをワイヤーフレームに落とし込みます。ワイヤーフレームは、最初はコンテのように紙に描いてから、グラフィックをつくることが多いですね。

メーターとUI部分のワイヤーフレーム

ワイヤーフレームができたら、それを元に物理的なシステムや機能と照らし合わせ、実現可能になるまで修正を重ねていきます。そこで機能性と操作性のOKが出たら、次はプロトタイプを作成し、さらにテストを重ねながら、スワイプしたときのグラフィックの見せ方や、動きの速度など、細かいパラメーターの調整をしていきます。

ワイヤーフレームをベースにデザインを起こし、プロトタイプを制作。タブレット端末でテストをしていき、最終段階ではインテリアのモックに液晶ディスプレイをはめ込み、見え方を確認する

折り紙をテーマにした、モーショングラフィックの試作

この一連の流れを1サイクルとして回していき、製品化につなげています。特にワイヤーフレームとプロトタイプを調整するフェーズでは、繰り返しトライすることも多く、解決の糸口を見つけるためにも粘り強く取り組む必要があります。

——膨大な時間と労力をかけて開発されているのですね。たくさんの人たちが関わるプロジェクトにおいて、UX/UIデザイナーにはどのような視点やマインドが必要だと感じていますか?

市村 まずはコンセプトを軸に創造力を働かせ、車に乗り運転するという体験をいかに新しく楽しいものにしていくかを考える、クリエイティブな感性が大切だと思っています。そうしてアイデアを最大限膨らませた上で、実現可能なところまで落とし込んでいくためには、運転する環境、国ごとの法規や文化の違い、安全性など、起こりうるあらゆるケースに目を配る細やかな視点も必要です。多様性ある仲間が集まるチームで、ひとつのことを完遂させることは簡単ではありません。時には意見がぶつかることもありますが、「お客様に喜んでもらいたい」「世界を驚かせたい」という、共通の目標を持つことで達成することができると思っています。

クリエイティブと学びのつながり

——日産のインハウスデザイナーとなって5年。どのような時にやりがいを感じていますか?

市村 「人に影響を与えるデザインができた」と実感できた時ですね。車は人の命を預かるものだからこそ、デザインにおいても簡単に消費されるものではなく、更新が気軽にできるものでもありません。何年も使っていける商品にするためには、時間をかけて粘り強く、慎重につくっていく必要があります。そうして生まれた商品だからこそ、世に出た時は「自分がデザインを手がけたんだよ」と胸を張って言えますし、やってきて良かったなと思います。

——ご自身の中で、今後挑戦していきたいことはありますか?

市村 日産は企業理念として、ダイバーシティとインクルージョンを掲げています。さまざまな意見や違いをお互いに受け入れ、同時に個々の能力を発揮して成長につなげていく文化があります。私もこれに沿って頼りになる存在に成長したいと思っています。

——最後に、美大受験を考えている高校生や、在学中の美大生に向けて、メッセージをお願いします。

市村 振り返ると、入学当初から持ち続けていた「何事にも目的意識を持とう」という信念、視デで学んだ多くのこと、そしてこれまでの社会人としての経験が、日産のUX/UIデザイナーである私の土台となっています。これらはまた同時に、私の未来にむけて私を支えてくれることと思います。これから入学する武蔵美生や、社会に羽ばたく武蔵美生の方も、常に高い目標を持ち続けて挑戦してください!

取材・撮影・執筆:宇治田エリ