難しい情報をわかりやすく整理し、多くの人の理解を促したい|朝日新聞社 デザイナー・岩見梨絵

INTERVIEW クリエイティブと学びのつながり Vol. 7

難しい情報をわかりやすく整理し、多くの人の理解を促したい

岩見梨絵 (朝日新聞社 デザイナー)


新聞社で行われるデザインの仕事は、複雑な情報をわかりやすく視覚化する、読み手の目を引くアイキャッチをつくる、Webでニュースに含まれる情報を見やすくまとめる等、多岐に渡ります。今回お話しを伺う岩見梨絵さんは、朝日新聞社のデザイナーとして紙面をはじめ、動画やWebコンテンツなど、これまでにさまざまな制作に携わってきました。時代の変化に伴い、表現方法も多様さが求められる昨今、視デの頃の学びはどのように活かされているのでしょうか?

岩見梨絵 Rie Iwami

朝日新聞社デザイン部デザイナー。1984年生まれ。2008年に武蔵野美術大学を卒業後、朝日新聞社に新卒で入社。デザイン部で紙面やデジタル版のグラフィック制作をはじめ、イラストやアニメーション、Webコンテンツなど多岐にわたる表現を手がけている。

「自然の中の法則」をテーマに、最適解となる表現に挑戦した学生時代

——はじめに、岩見さんが視デで学ぼうと思ったきっかけを教えてください。

岩見梨絵(以下、岩見) 父がフリーランスのグラフィックデザイナーで、家で仕事をする姿を間近で見てきたので、「将来はグラフィックデザイナーになりたい」と思うようになったのは、自然な流れでした。私が子どもだった頃は、コンピューターでグラフィックをつくれるようになっていたものの、まだまだアナログな手作業が主流だった時代。家の中にはたくさんの紙やスコープなどの機器、暗幕を張った暗室もあり、そこで父は写植の文字を現像して、グラフィックをつくるために現像した文字をピンセットでつまみ、紙の上に貼っていくといった作業をしていました。幼いながらに、「おもしろいな」と思って見ていましたね。高校生になり、「美大で勉強する」という目標を立ててからは、いくつかの美術大学を見学しに行きました。そして、学生の作品に多様性があり、のびのびと制作できそうなムサビの視デに行きたいと思うようになりました。

——入学後は、視デの授業に対してどのような印象を受けていましたか?

岩見 最初は戸惑いもありましたが、どの授業もおもしろくて、学びの奥深さを知るほど楽しくなっていきましたね。特にタイポグラフィ、ピクトグラム、ダイアグラムの授業が好きで、今の仕事にもつながっていると感じます。4年生になる頃には「もうちょっと学び続けたいな」と思うほどでした。

ダイアグラムの授業課題で制作した作品。家から学校へたどり着くまでの階段の数や、カロリー消費量を表にしていった

——印象に残っている課題はありますか?

岩見 たくさんありますが、2年次の「レシピ(構成演習)」の授業は、まさにターニングポイントとも言える課題だったと思います。食をキーワードに、自分なりのテーマを見つけて制作に取り組んだのですが、その後の学生生活で一貫して持つことになる「自然の中の法則をわかりやすく伝える」という軸が明確になりました。

『ちからちちへ』2005年。好物である牛乳をテーマに、牛乳ができるまでの過程をダイアグラム絵本という形で制作

岩見 3年次は、通年で行われる「ライティングスペースデザイン」の授業を選択しました。特にグループで取り組む後期の課題は、振り返ればグループでものづくりをするという貴重な時間であり、グループ課題だからこそできた発見がたくさんありました。最終的には『FLY SCOPE』という、ストロボ効果を用いた変換装置を使いハエの視覚を体感できる作品を提示し、人間では知覚できないスピードで動くものが、まるで止まっているように見えるという体験を生み出しました。

『FLY SCOPE』2006年。虫の眼で視る世界を体験できる視覚変換装置を提案した

——4年次の卒業制作では、『シンメトリー・ムーブメント』という作品を発表されました。実際に作品を体験すると、鏡のスタンドを自転、公転させながらシンメトリーの像を立ち上がらせ、新しい物語の読み方ができます。今までにない発想に驚かされました。

岩見 この作品は、その名の通り「シンメトリー」という自然の法則をテーマにしています。そして、「対象性を有するものを見ると意味があるものに見える」という視知覚の現象をヒントに研究を進めていきました。正直、最終的にこのような作品になるとは自分でも全く思っていなくて。当時はとにかくたくさんリサーチを行い、担当教授であった新島実先生と話し、実験しながらトライアンドエラーを重ねていきました。そんな中、ある時たまたま机の上に鏡を立てて遊んでみたら、「鏡でシンメトリーの像をつくることができるな」と気がついたんです。しかも動かしていけば、アニメーションにもなる。それなら物語にもできるかもしれないと発想が膨らんでいき、さらに試行錯誤を繰り返した結果、物語の場面展開における、新しい表現方法を生み出すことができました。

卒業制作作品『シンメトリー・ムーブメント』2007年

新聞にもっとグラフィックを。情報整理の力を活かし朝日新聞社へ

——卒業後の進路として、なぜ新聞社で働こうと考えたのでしょうか?

岩見 視デの学びを通して、「情報整理が好きだ」ということが明確になってきた時に、たまたま朝日新聞社がデザイナーを募集していたんです。朝日新聞は、子どもの頃から購読していたので、親しみもありました。そしてデザインの観点からも、「新聞にグラフィックをもっと載せた方が、よりわかりやすく情報が伝わるはず」という思いがあって。新島先生からも「いいじゃない」と背中を押してもらい、試験を受け入社に至りました。

——新聞の紙面づくりにおけるデザインの仕事とは、どのようなものなのでしょうか?

岩見 デザイン部が担当するのは、紙面のグラフィック全般です。それこそ近年は、数値を入れることで自動的にグラフを作成できるデザインツールが導入され、記者の方が自分でグラフを作成することも増えてきています。しかし、紙面に使うグラフィックはそれだけではありません。例えば、新国立競技場の構造はどうなっているのか、未曾有の災害が起きた時、どのような場所に支援が行き届いていないのか、複雑な物事を概念的にどう把握できるのか、そういった文章だけではなかなか伝わらない情報こそ、グラフィックがあれば素早い理解を促すことができます。

これまでに担当した紙面グラフィック(一部)

——グラフィック制作はどのように進められるのでしょうか?

岩見 実際のグラフィック制作のプロセスとしては、会議に編集者、記者、デザイナーが集まり、紙面に対して扱う記事の情報の分量をどのくらいにするか、そして文章で書くこととグラフィックで見せることの配分について、3者が意見を出し合いながら決めます。つくるべきものが決まったら、基本的には記事ごとのグラフィックをデザイナー1人が完成まで手がけます。その際にインフォグラフィックスやCG、イラストなど、得意な表現を活かすことも多々ありますね。

——入社してからこれまでの16年間を振り返り、転機となる仕事はありましたか?

岩見 入社10年目の時、部門横断チームのプロジェクトメンバーに加わり、スマホ世代向けにグラフィックでニュースを伝える『ココハツ』のコンテンツづくりを1から手がけたことです。例えば選挙について取り扱う時も、単純に選挙に行きましょうと言っても、興味を持ってもらえるどころか、記事を読んでもくれないでしょう。そこで、「無効票のラインはどこ?」「中立ってなんだろう」といったユニークな切り口でテーマを設定し、私からも「読者が参加できるように、クイズ形式にしましょう」などといった提案をしていきました。このプロジェクトに参加したことで、私自身のデザインの幅も大きく広がったと感じましたね。

『ココハツ』2016年。スマホ世代向けに、グラフィックでニュースを伝えた

より良い社会のため、本質を見極め、伝えていく

——現在はどのような仕事に携わっているのでしょうか?

岩見 2023年からはWebコンテンツ専門のクリエイティブチームに加わり、ディレクターやエンジニアと一緒にWebコンテンツをつくっています。2024年は3月8日の国際女性デーにあわせて、『ここから知るジェンダー』というコンテンツをつくりました。最初に取材チームから来た要望は、「ジェンダーにまつわる歴史を年表にしたい」というものでした。ですが、幅広い世代に見てもらいつつ、本質的に伝えるべきことを伝えるためには、年表である必要はないと感じて。そこでチームが議論し、カードをたくさん並べてクリックしてもらうことで、ジェンダーにまつわる言葉の意味や関連記事などを知ることができるインタラクティブなコンテンツのアイデアを提案したんです。さらにUXの観点も考慮して、誰もが触れやすいコンテンツを完成させることができました。このコンテンツは新聞の紙面記事にもなり、その際もどのような情報を切り取って載せるか、編集者と議論しながら決めていきました。

『ここから知るジェンダー』2024年3月、朝日新聞デジタル

岩見 その他にも、関東大震災が起きた当時の様子をまとめ、アーカイブ化した『関東大震災100年 写真が伝える破壊・再起・希望』や、『アメリカ大統領の決め方 解説 選挙の仕組み』など、時事的なテーマをわかりやすく解説したWebコンテンツも制作しています。

『関東大震災100年 写真が伝える破壊・再起・希望』2023年8月、朝日新聞デジタル

『アメリカ大統領の決め方 解説 選挙の仕組み』2024年

クリエイティブと学びのつながり

——岩見さんが情報を整理し、アウトプットを導き出すまでの過程において、面白さを感じるのはどのような時ですか?

岩見 集めてきたパズルのピースがぴったりと嵌まるように、見せ方が決まってくる時でしょうか。学生時代も、自然の中の法則を扱い模索していくうちに、自然とふさわしい形が出てくることが多くて、その結果「魅せる」作品になりました。このような探究を先に行うアプローチは、時間がかかるし、苦労も多いです。けれど、最終的に納得のいくものになる。大学時代にそのような体験をしてきたからこそ、社会人である今も「見せ方の手段」から入っていくのは、本質を見失う危険があると考えて、確かなプロセスを踏むことを心がけています。

——今後挑戦したいことはありますか?

岩見 これまでは、デザイナーとしてキャリアを積んできたので、客観視する機会がなかなかありませんでした。しかし、今後ディレクションを行う立場になっていくと考えると、俯瞰の目を持たなきゃいけないと思っています。幅広い世代に発信するうえで、どんな人にもわかりやすく、押しつけにならないように伝えるにはどうするべきか。さらには、これからの朝日新聞という新聞社がどうあるべきかというブランディングの観点からも、ビジュアルの力をどのように使っていけるのか、考えていきたいですね。

——最後に、美大受験を考えている高校生や、在学中の美大生に向けて、メッセージをお願いします。

岩見 「社会がより良くなるためにどうするか」という視点を常に持ち、仕事の大小を問わず、一つひとつ真剣に取り組んでいくことが大切だと思います。それは学生生活においても同じこと。あっという間に時間は過ぎるからこそ、悔いを持たないように学び続けてください。

取材・撮影・執筆:宇治田エリ