好きと特技を掛け合わせ、極めていく|絵本作家 岩渕真理

INTERVIEW クリエイティブと学びのつながり vol. 3

好きと特技を掛け合わせ、極めていく

岩渕真理(絵本作家)


大学は「好きでしょうがないこと」を見つけ、専門分野として育む場でもあります。しかし社会に出て仕事をしていると、仕事と自分のやりたいことが乖離してしまうことも往々にしてあります。「これだというものに出会えたら、決して手放さないで」そう語るのは、絵本作家の岩渕真理さん。視デで学んだこと、これまで制作した絵本や研究について紹介していただきながら、社会に出てからも「好き」を探求しつづける意義が語られました。

岩渕真理 Mari Iwabuchi

絵本作家。2009年凸版印刷入社。2012年に独立し、その後絵本作家に。並行して東京大学情報学環修士課程に進学し、2017年修了。絵本作品に福音館書店『ヤママユ』『にわのキアゲハ』。2021年には朝日新聞社『新・ドリトル先生物語』の連載で、1年間挿絵を担当した。

素直に学び、好奇心の芽に気づく

——まず、岩渕さんが視デに入ろうと思ったきっかけを教えてください。

岩渕真理(以下、岩渕) 小さい頃から生き物の観察や絵が好きで、大学進学を考えた時、予備校の先生から「デザインのスキルを深く学ぶことも楽しいはず。就職もしやすいよ」とアドバイスをいただき、視デへの進学を決めました。

——入学してみて、どのような印象を受けましたか?

岩渕 視デの先生にはおおらかで温かな眼差しがあり、授業も印象的なものが多かったです。1年次は「トラストウォーク(色彩構成Ⅰ・空間構成Ⅰ)」という授業が特に印象に残っていて、目隠しをして裸足で芝生の上を歩くのですが、そのチクチクとした触感が皮膚を通して伝わってくる驚きは、鮮明な記憶として残っています。そして、今まで視覚ばかりで判断していたことに気づきましたし、同時に想像以上に身体感覚から多くのことを発見し、表現につなげていくことができるのだと実感しました。

また「100枚ドローイング」の授業もすごく印象的でした。私は高校生まで書道を習っていたこともあり、墨で線を描くことがすごく楽しくて。そこからドローイングした100枚の紙を、テーマに合わせてどういう情報にしたらいいか、試行錯誤する中で、表現に至るまでの思考が培われていきました。思い返せば1年生は、自分の興味関心の覚醒を促す、土台作りの時間だったように思います。

——視デで学ぶ中で、どのような気づきがありましたか?

岩渕 3年次の選択必修授業「ライティングスペースデザインⅠ」で胎児が成長する過程を研究したのですが、その神秘を本に落とし込む中で「私は生き物の成長過程や不思議さに興味があるのだ」と、自分の好奇心の芽に気づくことができました。ここで「自分が本当に好きなもの、夢中になれるものって何だろう?」と原点に立ち返ったことは、重要なターニングポイントだったと思います。

キモいくらいに好きを極める

——4年次の卒業制作では、どのような作品をつくったのでしょうか?

岩渕 庭の木の葉に産みつけられた200個の卵がどのくらいの割合で生存し、どのように成長するのか、その生命のドラマをダイアグラムに落とし込んだ『私の庭の昆虫生態』という作品を制作しました。

卒業制作作品『私の庭の昆虫生態』2009年

卒業制作作品『私の庭の昆虫生態』2009年

——どのように制作を進めたのですか?

岩渕 リサーチの段階では、幼少期に好きだった昆虫の魅力に立ち返り、実家の庭にやってくるキアゲハを7ヶ月間毎日観察して記録していきました。1日にどのくらいの葉を食べて、1日にどのくらいうんちを出すか、観察するだけでもすごく楽しくて、気づけば何時間も観察していることがよくありました。また、写真で表現しようと考え、キアゲハの姿をより魅力的に撮るために、自然・昆虫写真家の海野和男さんに師事を仰いで撮影についても学びました。リサーチから制作するまでの過程がどれも楽しくて、「こうやって昆虫を観察する仕事が世の中にあればいいのに」と真剣に願うほどでした(笑)。

当時指導してくださった新島実先生(2017年度退任)からは、“他学科の先生もキモいと驚くほどすごい作品をつくってね”という意味合いで、「キモいは、すごい」という言葉を掛けていただきとても心強かったです。そして制作の過程で感じた面白さに共感し、励ましてくださった。その頃の経験は今も、私のものづくりの力になっていると感じています。

2009年の卒業制作展での展示風景。A3サイズの蛇腹の本を2冊制作し、ひとつはめくって読めるようにし、もうひとつはすべて展開。すべてのページが見られる構成にした。また、採取した抜け殻やキアゲハが食べていたフェンネルの葉など、実物も展示した

——その卒業制作が、今の絵本作家への道につながったのですね。

岩渕 そうですね。とはいえすぐに絵本作家になったわけではありませんでした。卒業後は凸版印刷という会社に入社し、クリエイティブディレクターとして企業のカレンダー制作などを手掛けていました。そこでは印刷の過程や加工などを学ぶことができましたが、学生時代に学んできた、観察、記録、編集、デザインまでを一貫して行い、自由に好きなものを掘り下げていく楽しみが、どうしても忘れられなくて。

そんな中、『私の庭の昆虫生態』がエプソン主催の「カラーイメージングコンテスト2009」で受賞したことをきっかけに、福音館書店から絵本をつくる話が持ち上がりました。絵本作家として確立できる保証はありませんでしたが、「自分を信じ、ここは思い切って絵本の制作をメインにやっていこう」と心を決めて3年ほどで凸版印刷を退社し、フリーランスの道へと進みました。

——独立後は、絵本作家一本で活動していたのですか?

岩渕 独立して数年は絵本制作を進めながら、昆虫図鑑の編集やブックデザインの仕事もしていました。また、卒業制作でお世話になった海野和男さんに、引き続き撮影や昆虫生態について教えていただきつつ、ボルネオなどさまざまな場所へフィールドワークに出かけて昆虫の写真を撮影していました。その後、2012年のニコンフォトコンテストで家族とキアゲハを撮影した『幸せのひととき』という作品が大賞を受賞。自然や生き物の撮影を、ライフワークとして続けていきたいと思うようになりました。

絵本『にわのキアゲハ』(福音館書店「かがくのとも4月号」)より2016年

——福音館書店から出版された科学絵本『にわのキアゲハ』は、どのように制作されたのでしょう。

岩渕 4~5歳の幼児が読むものですから、読み手が主人公のキアゲハになった気持ちで読めるよう、正確かつ矛盾がないよう、物語を再構築していきました。そのためには細部まで手を抜かず、粘り強く取り組む必要があって。編集者と何度も話し合いながら、ラフも30冊くらいつくり検討していったので、出版に至るまで4年ほどかかりましたね。

絵本『にわのキアゲハ』(福音館書店「かがくのとも4月号」)より2016年
楽しく、わかりやすく、自然界の生存競争を描き、生き残ったキアゲハが羽化するまでの生命のドラマを表現した

絵本『にわのキアゲハ』(福音館書店「かがくのとも4月号」)より2016年

——読み手からは、どのようなフィードバックがありましたか?

岩渕 出来上がった絵本を子どもたちに読み聞かせてみたのですが、蜂が襲ってきたシーンで「キャーッ!」と声が出るほどスリルを感じてくれたり、キアゲハの幼虫と自分を重ね合わせて感情移入してくれたり。絵本の世界に没入してくれたようで嬉しかったですし、納得のいく作品に仕上げられたと思います。

学びを深め、自然の魅力を伝えつづける

——岩渕さんは2017年に東京大学の大学院で修士課程を取得しています。なぜ進学を決めたのでしょうか?

岩渕 図鑑を編集する仕事をしていると、時間も予算もないため「必ずこのフォーマットでつくってください」という指示を受けるんですね。ですが私としては、「もっと物語性を感じられるような、ワクワクするような図鑑をつくりたい」という思いが強くあり、そのギャップにフラストレーションを感じてしまって。実際にそういう図鑑をつくる出版社はないかと探してみたのですが、書店へ行ってもそのような図鑑はほとんど見当たりませんでした。より生態学的で物語性がある図鑑をつくるにはどうしたらいいか、恩師である新島先生に相談しながら考えた結果、「アカデミックな環境で研究した方がいいのでは」という話に可能性を感じ、2014年に東京大学情報学環の修士課程に進学することにしました。

——実際にどのような研究をされたのでしょう?

岩渕 修士過程での研究は「つくって終わり」ではなく、「なぜこの図鑑が必要なのか」という理論や背景が求められていました。そこで「図鑑の歴史的背景のリサーチ」、「新しい図鑑のあり方に沿う思想のナチュラリストの選定」、「科学絵本図鑑の制作」の三段構えで研究を進めました。

ナチュラリストを選定する時は、ナチュラリストの系譜を調べて、その中から自身のテーマに沿うような思想を探りました。リンネやシュバイツァーなど多くの思想を参照しながら、最終的に生物学者のレイチェル・カーソン、『昆虫記』で著名なアンリ・ファーブル、『シートン動物記』の著者、アーネスト・トンプソン・シートンなどを選定。「観察に基づいた、ストーリー性のある図鑑にしよう」という方針が固まっていきました。

―研究を進める中で、どのような気づきがありましたか?

岩渕 特に『センス・オブ・ワンダー』という本を書いたアメリカの生物学者、レイチェル・カーソンの考え方は、研究の大きな手がかりとなりましたし、今の私の活動の軸にもなっています。彼女は神秘さや不思議さに目をみはる感性を「センス・オブ・ワンダー」と言い表しましたが、私はそのような感性を、図鑑を通しても感じられるようにしたいと思い、研究を進めていきました。またその過程で、16世紀以来の図鑑の歴史や一次資料にあたり、200年前の図鑑を実際に見て感動し、参考にしたことも大きな収穫になりました。そして、その過程の随所で、視デで取り組んできたフィールドワークや編集力・表現力が土台となり、研究の支えになっていることを強く実感しました。

——最終的にどのような形に研究を落とし込んだのでしょう?

岩渕 修論の『新しい図鑑の提案—センス・オブ・ワンダーを育むメディア・デザイン論—』と、昆虫の相互関係を物語で表した『科学絵本図鑑』を制作しました。この図鑑を用いて、3歳から10歳の子ども113人を対象に読み聞かせをし、反応を記録、検証していきました。ストーリーを用いた手法や効果的なオノマトペを用いると、子どもたちがより好奇心や興味を示すことが分かり、貴重な実践となりました。

絵本『ヤママユ』(福音館書店「かがくのとも9月号」)2020年

——2020年には絵本『ヤママユ』が上梓されました。

岩渕 この絵本の制作過程では、ヤママユの養蚕を見たり、研究者の方にお話を伺ったりと、岩手、長野、福島など様々な場所へ取材に行きました。このように取材を通して多角的に理解を深めることで、内容に説得力を出すことができたと思います。絵に関しては、『ヤママユ』も『キアゲハ』の時と同様に自宅で飼育。つぶさに観察しながらスケッチを行い、精密に描いていきました。

絵本『ヤママユ』(福音館書店「かがくのとも9月号」)2020年

ヤママユの幼虫

岩渕 ヤママユはキアゲハに比べて飼育がとても大変で、葉っぱの好みがあり気に入らなければ脱走してしまうため、雨の日も風の日も、いつも新鮮な葉っぱを取りに行く必要がありました。ヤママユの幼虫は朝も夜もずっと葉っぱを食べていて、パリパリ食べる音がまるで雨の音のようでした。同時に、すごく爽やかな香りがして、森林浴をしている気分になるんです。まさにセンス・オブ・ワンダーでした。すごく癒されたので、みなさんも機会があればぜひ飼育してみてほしいです(笑)。

ポスターは、視デの同期でデザイナーとして活動している保田卓也さんと三上悠里さんがデザインした

——さらに2021年の4月から1年間、朝日新聞社の紙面にて、「新・ドリトル先生物語」の連載挿絵を担当されました。

岩渕 週5日の連載で、常に締め切りを考えて、風邪もひけない状況だったので、とても緊張感がある1年でした。また、18世紀のイギリスの舞台や、ガラパゴス諸島の動物たちを念入りに調べ、過去に似たような作品がないかどうかも確認しながらの作業は、想像以上にハードでしたが、生命の多様さや魅力が伝わるように、試行錯誤して描いていきました。色々な描き方を発見できたことが、今後の糧になったように思います。無事に全て描き終えたときは本当にほっとしましたし、家族や友人からの応援に励まされ、乗り切ることができました。

朝日新聞社『新・ドリトル先生物語』連載挿絵 2021~2022年

クリエイティブと学びのつながり

——興味を膨らませ、自分のやりたいことにつなげていくには、どのような考え方やアプローチが大切だと思いますか?

岩渕 まず、できるだけ早い時期(幼少期)からたくさんの自然に触れると、五感が研ぎ澄まされて、様々なものを吸収する土台が形成されていくと思います。そして、信頼できる人とコミュニケーションを育み、楽しいものや美しいもので心を太らせることが、後々、大人になってから、その人らしい興味関心の発見に繋がっていくのではないかと感じています。

そうして興味を持つ対象に出会ったら、「どうしてだろう?」と疑問を持ち、その答えを探求する。なにかしらの発見を得たら、それは自然と誰かに伝えたくなるものになるはず。そこからどうすれば伝わるのかを考え抜くことで、自分に何ができるのか、徐々に見えてくるのではと思います。このような気づきは、視デで学ぶ中で形作られていきました。このようにして私自身が見つけた伝え方が、絵本や図鑑でしたが、これからも、プロセスや気づきを大切にしながら、自然のすばらしさや楽しさを伝える作品をつくり続けていきたいと思っています。

——今後、挑戦したいことはありますか?

岩渕 自然には人間の一生で知り尽くせないほどの魅力が溢れていますから、昆虫だけでなく植物や動物、人物にまで幅を広げて絵本や図鑑の制作を続けていきたいですね。また同時に、自然の神秘に触れ、未知なものに目を見張り、発見したり、“?”の答えを探求する楽しさを子どもたちに伝えたいと考えています。そのために、子どもが楽しく自然に目を向けられるような、環境教育やコミュニケーションデザインを少しずつ掘り下げて研究していきたいと思っています。

——最後に、美大受験を考えている高校生や、在学中の美大生に向けて、メッセージをお願いします。

岩渕 学生時代は自分のテーマをとことん模索できる貴重な時間です。なにかを特別に感じる感性に、得たスキルを掛け合わせることで、きっと自分らしさが輝くはず。そこでひとつでも全力を尽くした作品をつくることができれば、きっと後になって自分を助けてくれる存在になると思います。自分に力を与えてくれたり、「ずっと続けていきたい」というテーマに出会えたら、手放さずに大切に育てていってくださいね。

取材・撮影・執筆:宇治田エリ