番組も技術も。新しいものをつくるためには、ゼロに戻ることが大切|映像ディレクター・技術開発者 江里口徹平

INTERVIEW クリエイティブと学びのつながり vol. 4

番組も技術も。新しいものをつくるためには、ゼロに戻ることが大切

江里口徹平(映像ディレクター・技術開発者)


少し先の未来も予測できない今、私たちは大学での学びにどのような意味を見出すべきなのでしょうか? 現在、幼児向け教育番組『しまじろうのわお!』の総合演出を手掛ける江里口徹平さんは、社会に出てからの21年間を「視デで学んだからこそ、ゼロに戻して考えられた」と振り返ります。コンテンツ制作から映像技術の開発まで、多様な概念の分解と再構築をしつづける江里口さんに、これまでの学びと今後の挑戦について伺いました。

江里口徹平 Teppei Eriguchi

株式会社カーボン代表、慶應義塾大学メディアデザイン研究科在学。2001年に学部を卒業後、CM制作会社に入社し映像ディレクターに。2012年自由視点映像技術の特許取得。現在は映像や教育コンテンツ、イベント等の企画・演出・製作と並行して、映像にまつわるICT技術の開発・実装を行なっている。

親子で楽しめる番組をつくりたい。CMから教育番組に移行した20年

——現在『しまじろうのわお!』の番組制作を手掛けている江里口さん。どのような経緯で映像ディレクターの道へと進んだのでしょう?

江里口徹平(以下、江里口) 大学に入学する前はイラストレーターになりたくて、視デへ進学しました。入学してすぐに「トラストウォーク(色彩構成Ⅰ・空間構成Ⅰ)」という授業があり、「目をつぶって、裸足で芝生の上を歩きましょう」と、想像していた“美大の授業”とは全く違う授業がはじまって。正直「入学した学科を間違えたのかも」という戸惑いはありました(笑)。そんな受験生の頃の考え方を全部塗り替えるような授業が1年次に立て続けにあったものですから、イラストレーターを目指そうという初心も、入学してすぐに吹っ飛んでしまったんですよね。

江里口徹平さん。
「もちろん、タイポグラフィや製図など、目的が明確な授業もありました。ですが、思い返せばトラストウォークのような目的がよくわからない授業があったからこそ、固定概念を一度壊すことができたのかなと思うんです」

江里口 僕が在学していた当時は、2年次でアニメーションの授業があり、そこから興味がアニメーションへと移っていきました。パラパラ漫画の制作からはじまり、セル画を描き、それを動画にするための撮影装置の使い方も教わり、原始的なアニメーション制作に触れることができました。その経験が卒業制作にもつながり、巨大なフェナキストスコープの作品を作りましたね。

3年次は、アニメーションと並行して実写映像にも興味を持つようになり、中島信也さんの「映像デザイン」の授業を受けました。その当時は映画も好きでしたが、海外のアワードで受賞するような作品性が強いCMも好きで。卒業後の進路を決める時も映画業界に行くかCM業界に進むか迷いましたが、「映画業界で食べていくのは大変そう」と考えてCM制作会社への入社を決めました。

——映像ディレクターになって、ギャップは感じましたか?

江里口 最初は自分が理想とするCMと、実際に制作している商業的なCMにかなりギャップがあったので、折り合いをつけるのが大変でした。特に日本の広告業界というのは、タレントを起用したCMをつくることが多く、映像の本質的なことを考える時間より、タレントの候補を考えたり撮影をスムーズに進めるために調整したりする時間が圧倒的に多いんです。キャリアも代理店に行くか、WEB広告にチャレンジするか、悩むことが多くて。そういう意味では、この10年間は僕にとって社会人になるための修行期間でしたね。

——逆に、成長に繋がった経験はありましたか?

江里口 有り難かったのは、当時の名物クリエイティブディレクターと呼ばれる方々にくっついて、クオリティの高い仕事を一緒にやらせてもらえたことです。そこで「魅せる映像コンテンツ」をちゃんとつくる経験を積んできたからこそ、社会人11年目に「教育番組をやってみない?」と声をかけてもらえた時、踏み込む自信が持てたのだと思います。

——その教育番組こそが『しまじろうのわお!』だったのですね。

江里口 はい。ご存知の方も多いと思いますが、しまじろうはベネッセコーポレーションの幼児向け通信教育教材『こどもちゃれんじ』から生まれたキャラクター。コンテンツも30年以上前からあります。これまでもアニメ番組などが放映されてきましたが、番組をリニューアルしようとなった時に、改めてコンセプトを立てようとなって。

『生きる』(2012)

社会全体をゆるがす震災という事象が起きた後のことでしたから、なによりも「命」というキーワードを大切にしながら、今後は生き物や自然、世界のことを取り扱おうとなり、「でかけよう、世界はそとがおもしろい」という番組コンセプトが生まれました。そうすると、アニメ番組だけでは伝えきれませんから、実写で学べるコンテンツを大幅に増やそうということで、僕が実写コンテンツの演出を担当することになったというわけです。放映は2012年からはじまり、今年で10周年になりますね。

『TV番組「しまじろうのわお!」OP』(2012)

——大きな転換期だったのですね。どのような10年でしたか?

江里口 最初の10年に比べ、この10年はまさに「自分がやりたいこと」にチャレンジできた10年でしたね。というのも、もともと僕は映像の技術や構造を分解して、なにか新しい技術が作れないかということに興味があって。番組の中でもそういうことにチャレンジする企画を立てることが多かったんです。

『じかんのうた』(2017)では作詞も担当した

今ではクリエイティブのトップとして全体を取りまとめていますが、演出としては新技術担当として、テクノロジーを使って新しい表現に挑戦している人や、ロボットを開発して体の不自由な人をサポートしている人などを取材しています。

『透明標本』(2021)。幻想的なアートとして生き物の標本をつくる、透明標本作家・冨田伊織さんを取材した

技術を応用し、コミュニケーションの場を生み出したい

——江里口さんは、『しまじろうのわお!』がスタートした2012年に、特許を取得しています。どのような技術なのでしょうか?

江里口 「自由視点映像技術」といって、ユーザーが視点を選択できる自由視点映像において、視点の切り替えを高速で行うものです。30台ほどのカメラをサークル状にセッティングし、その中心に動く被写体を置いて撮影することで、前から、横から、後ろからも、その被写体の動きを360°好きな視点から見ることができます。

30台ほどのカメラを用いて撮影する、自由視点映像技術

江里口 さらにその技術を使い、『しまじろうのわお!』のコンテンツとして、2015年に『りったいいきものずかん』というアプリケーションも発表。単純に映像を流すだけでなく、スワイプすることで視点を変え、再生するという、インタラクティブな要素も組み合わせました。

しまじろうのわお!『りったいいきものずかん』アプリ動画(2021)

——なぜ、このような映像技術を開発しようと考えたのですか?

江里口 きっかけは本当に些細なことで。映画『マトリックス』の有名なシーンに、映像の中の時間は止まっているようなのに、カメラだけが動いている映像がありますよね。これはタイムスライスという技法で撮影されたものなのですが、ある日「これって、止まっているのではなく、動いていたらどうなるんだろう?」と、ふと疑問に思ったんです。それに「自分の好きな角度から動画を見ることができたら面白いな」という発想も加わって、実際にカメラを設置して撮影してみました。

しまじろうのわお!『りったいいきものずかん』メイキング動画(2021)

江里口 そして違う角度から撮った映像を同時再生しながら、A位置からB、C、D、E…とタブを切り替えてみたのですが、全然うまく動かないんですよね(笑)。なんとか成功させようと試行錯誤して、1秒あたり30コマくらいの映像を分解して静止画のコマのようにすることで、視点をスムーズに切り替えられるようにしたんです。

——番組制作をしながらの技術開発は大変だったのでは?

江里口 卒業制作でもそうだったように、僕自身このように映像そのものの原理に立ち返って、そこから何ができるかを組み立て直して考えることに興味があって。それにインタラクティブなものやデジタル技術を活用したサービスをつくりたいという思いがあったことも、実現したいという思いの原動力になっていましたね。

しまじろうのわお!『りったいいきものずかん』アプリ動画(2021)
デバイスが完成すれば、生き物の観察以外の使い方が生まれていくはず

——今後、どのような展開を目指しているのでしょうか?

江里口 今の目標は、多視点映像を社会実装することです。この特許を用いる事業も立ち上げているので、慶應義塾大学の大学院に通いながら、多視点映像をより多くの人に普及させるための事業展開の方法を模索したり、新たな特許取得を進めたりしています。実装のためには多角的な開発が必要ですが、2022年中は30秒でセッティングできるデバイスの開発に集中して取り組んでいます。これまでは撮影の際に1日がかりで30台のカメラをセッティングしていたので、それを考えると大きな進歩ですよね。多視点映像を気軽に撮れるデバイスができたら、その次はユーザーが撮影した映像を配信をしたり、撮った動画を見てコメントできたりといった、ユーザー同士で相互にコミュニケーションがとれるプラットフォームもつくっていきたいですね。

——なぜプラットフォームが必要だと考えたのですか?

江里口 たとえばYouTubeの場合も、元からさまざまなコンテンツのジャンルがあったわけではなく、たくさんのユーザーが自分で試行錯誤していく中でいろんなジャンルができてきました。僕がプラットフォームをつくりたい理由はまさにそれで、多視点映像の技術を使ってどんな新しいジャンルができるか、知りたいからなんです。自分ひとりで活用方法を考えるのにも限界がありますから、集合知から新しい可能性を見出していきたいですね。

クリエイティブと学びのつながり

——社会に出てからの21年間を振り返って、大学時代の学びが活かされたと感じる時はありますか?

江里口 前進するために、一度これまでの固定概念を壊して、ゼロに戻ることを恐れなくなったことでしょうか。たとえば『しまじろうのわお!』は、3歳から5歳くらいまでの幼児が観る教育番組ですから、大人向けの番組に比べると使える素材や表現の幅も非常に制限されます。そうすると、既存のアイデアの掛け合わせで番組をつくることが難しくなる。だから一度ゼロに立ち返り、要素の根源を見直すことが必要になるんですよね。

——映像技術の開発も、ゼロに戻って考えたところから始まっています。

江里口 そうですね。さらに特許を取る場合は一筋縄ではいかず、最初に考えたアイデアで取得できることはほぼありません。その試行錯誤の過程で、自分の経験に依存していては限界がある。ここでも一度ゼロに戻ったことで、特許として認められるほどのアイデアが打ち出せたと思います。

——ご自身の中で、今後挑戦してみたいことはありますか?

江里口 これまで番組制作と映像技術開発の2軸でやってきて、そこから番組制作を通して新技術を知ったり、自分が開発した技術を使って番組制作に活かしたり、映像業界の内と外それぞれの視点を活かしあうことで、相互作用を生み出してきました。そういった別々の視点を掛け合わせてアイデアを出すことに面白みを感じているので、これからは学生たちとの共創にも興味があります。一緒に学び合い、固定観念を壊してもらいながら、YouTube番組などをじっくりつくっていけたらいいですね。

——最後に、美大受験を考えている高校生や、在学中の美大生に向けて、メッセージをお願いします。

江里口 たとえばゲーム業界では、トレンドやデバイスが頻繁に変わり、近年はメタバースも出てきて目まぐるしく変化しています。そして世の中が変化するスピードが速い今の時代、どのような業界・業種であっても、変化に対応できるスキルが求められている。視デで学んだ“一度壊して、もう一度積み上げていく能力”は、まさにこれからの時代に求められる大事なこと。自分の興味を追求しながら、変化に対応できるよう学んでいただけたらと思います。

取材・撮影・執筆:宇治田エリ