からだ中で悩んでつくる。そんな映像こそ100年後の誰かに届くはず|映像作家・ドキュメンタリー映画監督 江藤孝治

INTERVIEW クリエイティブと学びのつながり Vol. 12

からだ中で悩んでつくる。そんな映像こそ100年後の誰かに届くはず

江藤孝治映像作家・ドキュメンタリー映画監督


AI技術の発展により、映像表現の可能性も大きく広がる今、本当に価値あるものはなにか、問われています。映像作家の江藤孝治さんは、在学中に探検家・関野吉晴さんの探検プロジェクトに帯同し、ドキュメンタリー映画『僕らのカヌーができるまで』を制作・公開。現在も「100年後も残る映像」というコンセプトを掲げ、さまざまな映像を制作しています。そんな江藤さんの信念は、学部と大学院、そして社会に出てからどのように培われてきたのでしょうか。

江藤孝治 Takaharu Eto

映像作家・ドキュメンタリー映画監督。武蔵野美術大学大学院視覚伝達デザインコース修了。映像制作会社グループ現代、ネツゲンを経て、2018年よりフリーランス。人やモノ・コトの本質的な魅力をとらえ伝えることを重視し、ドキュメンタリーの手法を軸に、映画、テレビ番組、企業VPなど幅広い映像作品を手がける。

予定不調和を呼び込む
学んだのは、からだ中で悩みつくる姿勢

——江藤さんが視デへの進学を決めたきっかけを教えてください。

江藤孝治(以下、江藤) 高校では演劇をやっていて、演出をしたり、シナリオを書いたりして、時間軸で何かを表現することに面白みを感じていました。そこから映像に興味を持ち、美大受験を決めました。学科は映像学科と視デで迷いましたが、ビジュアル表現を幅広く学べる環境に惹かれて、視デを選びました。

——実際に視デで学び始めて、入学前と印象は変わりましたか?

江藤 福岡の田舎から出てきたので、入学当初は同級生たちのデザインへの知識量に圧倒されましたね(笑)。グラフィックデザインへの先入観が少なかったからか、五感を使う基礎課程の授業も「よくわからないけど、いずれ何かにつながるのだろう」と受け取り、素直に楽しんでいました。そうしていくうちに、グラフィックデザインの奥深さに気づいて。入学前は転科も視野に入れていましたが、その気持ちはすっかり消えていました。

——特に印象に残っている授業はありますか?

江藤 1年次の「100枚ドローイング(色彩構成Ⅰ・空間構成Ⅰ)」の授業は、今振り返っても面白かったなと思います。私の場合は、自然物に紙を押し当てたり、土をバシャっとすくって紙にさらしたりして、思いがけない線を見つけていく作業を繰り返していました。当時は意識していませんでしたが、創作に「予定不調和」をあえて取り入れる作業だったと言えます。逆に意図して線を描くと、途端に面白味が失われてしまう。今思えば、そうやって予定不調和なことを楽しみ尽くしたことが、テレビ番組やドキュメンタリー映画などの映像制作の現場でも生きています。からだ中で悩み、つくる。とても良いカリキュラムだったと思います。

「我々はどこから来て、どこへ行くのか」
探検家・関野吉晴との出会いが道を決めた

——江藤さんは学生時代、文化人類学に興味を持っていたそうですね。

江藤 そうですね。きっかけは、探検家・関野吉晴先生との出会いでした。武蔵美は文化人類学が強い学校で、かつては民俗学者・宮本常一先生が教鞭をとり、その流れを汲む相沢韶男先生がいて、相沢先生が関野先生を連れてきた、という大きな流れがあります。関野先生の授業のシラバスには「我々は何処から来て、何者で、何処へ行くのか。一緒に考えよう」という言葉があり、それが10代の江藤青年の胸を打った(笑)。授業を受け、やがて関野先生の課外ゼミにも参加するようになりました。地域通貨の実験、豚のアンデス風丸焼き会、品川の食肉加工場の見学など、一般的にはなかなかアクセスしづらい場所や体験に連れ出してもらいました。そうした経験が、社会への関心を育ててくれたのだと思います。

——卒業制作ではドキュメンタリー映像をつくられたそうですね。

江藤 文化人類学だけでなく、環境問題や社会の仕組みにも関心があったので、4年次に卒制のゼミが始まった当初は、「世界の様々な課題の仕組みを、100個のダイアグラムで表す」といった作品を考えていました。でも、リサーチのつもりでただ本を読んでいただけでは、本質的な社会の構造は一向に掴み取れない。浅薄なものができるだけだと気づいたんです。

指導教員だった寺山先生から「もっと真剣に悩みなさい」と言われ、一度仕切り直すことにしました。そして一番関心を持っていたエネルギー問題にテーマを絞り、クリーンエネルギーのまちづくりに取り組む岩手県の葛巻町へ一人で取材しに行きました。市役所の担当者にメールで連絡して、同行させてもらったんです。

本に書いてあることと、実際に現地で感じることは全然違いました。町役場の職員の熱意、電力会社との関係や電柱1本建てるのにかかるコストなどのジレンマ、半信半疑ながらもまちのためにできることを真剣に考える酒屋のおじさん。いろんな人と出会う中で、自分なりの物事の捉え方ができるようになりました。それを形にするとなったとき、記録して編集して伝える、ドキュメンタリー映像という手法にたどり着きました。

卒業制作作品『エネルギー自給空間01』2008年

砂鉄を集めるところから、舟が完成するまで
修士制作が、作家としての覚悟を決めた

——大学院ではどのような研究や制作をされたのですか?

江藤 卒業制作でドキュメンタリーをつくってみて、これは面白いと手応えを感じていた頃、関野先生の「美大生と丸木舟をつくり、その舟で旅をする」というプロジェクトが始まろうとしていました。そこで映像記録してくれる学生を探していると聞き、すぐに手を挙げました。大学院への進学は、ほとんどそのドキュメンタリー映画の制作に関わるためでもありました。

取材ロケは仲間と一緒に、9ヶ月かけて行いました。砂鉄を拾い集め、鉄斧をつくるところから、インドネシアで舟が完成するまでをひたすら記録します。さらに丸1年かけて編集しました。どうしたらプロジェクトの魅力が伝わるか、仲間と悪戦苦闘しながら編集した時間は、今も鮮烈に覚えています。これが修了制作となり、映画として世の中に公開されたのが『僕らのカヌーができるまで』でした。

『僕らのカヌーができるまで』2010年
映画は4人の監督が共同で制作。江藤さんが代表してとりまとめ、仲間の許諾を得て、修了制作としても発表した

——作品を社会に発表してみて、どんな気づきがありましたか?

江藤 映像を撮って、多くの人に見てもらえることのダイナミズムを感じると同時に、プレッシャーも大きくなりました。撮る側と撮られる側の非対称性について考えるようになり、撮ることの暴力性に気づかされたんです。大学院を修了した後、制作会社でテレビ番組をつくるようになると、ますます撮ることへの責任も強く感じるようになりました。その点は今でも葛藤があります。

2018年には、この問いを共有する現場のカメラマンや録音部の人たちと、批評誌『f/22』を創刊しました。撮る側の倫理、撮られる側の眼差しについて掘り下げる特集を組んだりと、全部で3号まで出しました。

『作り手によるドキュメンタリー批評 f/22』創刊号 2018年、第2号 2019年、第3号2020年

今はその責任を自覚しながら、リサーチの段階から一人の人間として被写体と向き合う努力をしています。どう撮られ、どう編集されるか、最終的には信じてもらうしかないので、「あなたに撮られるならいいよ」と言ってもらえるような信頼関係を築けることが理想です。その人らしさを描く上では、ある意味では格好悪い部分や、本人が見せたくない部分をどうしても撮らせてもらいたいという場面もあります。その映像が発表されることで、時に相手にリスクを負わせてしまうかもしれない。そのことを肝に銘じて制作を続けています。

制作会社からフリーランスへ、3つの軸で活動する

——制作会社では、どのような映像を制作されていたのですか?

江藤 卒業後は、テレビ番組やドキュメンタリー映画の制作で知られるグループ現代に参加し、映像制作の技術を一から学びました。ここではありがたいことに、武蔵美の同期でもある現代アート作家・加藤翼さんを追ったドキュメンタリー映画『ミタケオヤシン』を制作させてもらうことができました。その後、ネツゲンという制作会社に移り、NHKの番組を中心に、テレビの制作現場でディレクターとして経験を積みました。

ディレクターとは、番組企画から完成まで、制作進行・演出の立場で一連の業務に責任持って携わる仕事です。プロデューサー、カメラマン、編集マンなど、各分野のプロフェッショナルとアイデアを出し合い、意見を取りまとめながら一本の番組をつくっていく。一人で撮影も編集も行う作品づくりは、摩擦がなく楽な反面、独りよがりの視点に陥りがちです。同じ対象を複数の目で見ること。そういった客観性の重要さを、プロの現場で初めて肌で感じました。

『ミタケオヤシン』2014年

——NHKの番組にも多く携わってこられたそうですね。

江藤 印象深かったのは、フリーランスになって初めて演出した『地球タクシー』というドキュメンタリー番組のシリーズですね。世界各国の都市で、偶然出会ったタクシードライバーに、街の見どころや思い出の場所に連れて行ってもらうというもの。様々なドライバーとドライブを重ねるうち、その街の「今」が立体的に浮かび上がるという企画で、アテネ、函館、師走の東京の3本をつくりました。行き当たりばったりの出会いは、「予定不調和」そのもの。想定外をものにしていくドキュメンタリー制作の醍醐味が詰まっていました。

『地球タクシー「アテネを走る」』©NHK 2018年

その他にも、『美の壺』という番組で台所や織部焼などのテーマを担当したり、和楽器奏者が日本の音のルーツを探る旅を追った『MUSIC TRUNK』をNHKワールドで制作したりしました。テレビと映画では求められるものが違いますが、対象の知られざる魅力を探し、それを届けるという向き合い方は変わらないと思っています。

『美の壺「しあわせの小宇宙 台所」』©NHK 2022年

『MUSIC TRUNK』©NHK 2021年

——フリーランスになったのは、どういう理由があったのでしょうか?

江藤 自分が本当につくりたいものを無理なくつくり続けるためには、フリーランスという形が合っていると感じたからです。現在はドキュメンタリー映画、テレビ番組、企業VP(広報・社内教育などの動画)の3つを軸に活動しています。

企業VPについては、たとえば日本の絵本を教育支援として届けるNGOの仕事があります。2017年から団体の事業の広報映像を手がけており、これまでミャンマーやカンボジア、ラオス、タイ、アフガニスタンなどへと足を運んで撮影し、事業の価値を伝えるお手伝いをしてきました。私にとってこちらの団体の仕事は大変魅力的でしたが、制作会社にいては続けにくい状況がありました。自分の裁量で仕事を引き受けられるフリーランスだからこそ続けてこれたと言えます。このように、共感できる相手とじっくり向き合う仕事をしたいと思っています。

『本の力を、生きる力に。ミャンマー(ビルマ)難民キャンプ編』公益社団法人シャンティ国際ボランティア会 2018年

長い時間軸に自分を置き、焦らず進む

——江藤さんの仕事における、「100年後も残る映像」というコンセプトはどこから来ているのでしょうか。

江藤 映像で「今」を記録するということが、まずすごく貴重なことだと思っています。今目の前で起きていることを残せるのは、カメラを持った自分だけかもしれない。それがたとえ同時代の人に届かなくても、未来の人が見て価値を見出してくれることがあるはずです。だからこそ、「今の価値基準に振り回されずに、自分が残したいと思ったものを、100年後にも見てもらえるクオリティで残す」という意識を大切にしています。

大袈裟かもしれませんが、世界が多様であることを担保するのは、表現に携わる人間の使命ではないかとも感じています。絵を描けたり映像をつくれる人間は、声なき声、見えづらいが確かに存在する心の在りようなどを、他者に伝わる形に置き換えることができる。

取材に向かった先で、失われつつある景色や文化に出会うことがあります。その時、私に微力ながらできることがあるとすれば、記録して伝わる形にすることなのでは、と思うのです。今記録しないと、100年後の人々はその存在を振り返ることさえできないかもしれない。そう考えると、記録しないではいられません。

——現在も、関野先生の新たなプロジェクトを記録されているそうですね。

江藤 はい。関野先生は、これまで人類が地球上で拡散したルートを辿る「空間の旅」をしてきました。そして今度は、旧石器時代へ「時間をさかのぼる旅」に挑戦されています。関野先生から、その様子を記録してくれないかと声をかけてくださり、二つ返事で参加を決めました。

どんな旅かといえば、旧石器時代人さながらに自給自足で暮らす技術を、関野さんが習得していく、というようなものです。旧石器時代なので、鉄の使用はNG。打製石器をつくって木や植物を切り、家をこしらえたり、火を起こしたり、鹿の角で釣り針をつくって釣りに挑戦したり……。とにかく何をやるにも大変で時間がかかるのですが、それこそが旧石器時代とも言えます。コスパ、タイパを至上とする現代と全く違う時間の流れ方、人間と自然との距離感を捉え直す旅であり、それをいかに映像に残すか、面白みとやりがいを感じています。

記録をはじめて、かれこれ3年たちました(苦笑)。計画は遅々として進まず、途方に暮れることも多いですが「自分にしかできない記録だ。残すことに意味があるはずだ」と気持ちを奮い立たせて、続けています。いずれ、映画として発表できたらと思っています。

現在も探検家・関野吉晴氏の新たな旅に密着。旧石器時代の人類に思いを馳せるべく、日本各地を巡り、記録映画制作を進めている

——最後に、美大受験を考えている高校生や在学中の美大生へメッセージをお願いします。

江藤 変化が早く、AIも発達した時代では、自分にできることはなんだろうと焦りを感じることも多いと思います。そんな時は、100年単位の大きな時間の流れにフォーカスを当て、その一部を自分が担う意識を持つと少し気が楽になるような気がしています。

これから美大生になる皆さんも、頭だけで悩むのではなく、からだ中を使って悩んでほしいです。失敗を恐れずたくさんの経験して、等身大で人と渡り合い、成長したからだで制作にのぞめば、作品もどんどん良くなっていくはずですし、AIなどに負けない「自分」が育っていきます。ぜひ予定不調和な人生を楽しみ尽くしてほしいと思います。

取材・撮影・執筆:宇治田エリ